キング アーサーのここだけの話
旅の洗礼
アンジェリーナとの約束通り、俺は正午に戻ってきた。
カフェの軒下にあの長髪の男をすぐに発見することはできたが、ニコールは見当たらなかった。
俺は男に目もくれず、ニコールを探してホールの最深部にあるバーカウンターへと向かった。
どこを見渡してもニコールの気配どころか、客がいない。
それどころか、約束したはずのアンジェリーナすら見当たらない。
俺はカフェスタッフの1人をつかまえた。
彼は糊がパリッと効かせてある白い半袖シャツに、汚れの目立たないはずの黒いパンツがヨレヨレになっているなんともアンバランスな格好だった。
よくよく考えてみると、俺はアンジェリーナの名前を知らない。
だから彼女との話を伝えようにも、うまく伝わらない。
結局のところ、パリヨレくんは昼のカフェ専門スタッフだから、宿泊予約についてはわからないようだった。
いまホテルスタッフは室内清掃の時間だから、忙しくてレセプションには降りてこないだろう。
チェックインは3時からなので、その時間にはホテルスタッフがレセプションに戻ってくる。母音がはっきりとした聞き取りやすいアジアンアクセントの英語で話してくれた。
アンジェリーナでなくてもいい。いまホテルスタッフをちょっと呼んできてくれてもいいだろうにと思ったが、融通の効かないところがいかにも海外事情。
俺や日本の常識は、世界の常識ではない。
仕方ない、これは旅の洗礼だ、と俺は自分に言い聞かせた。
続く
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