LIFE,  TRIP

キング アーサーのここだけの話
生き死を賭けたプロ

俺は100バーツで売っているTシャツの正規価格が、心底知りたくなった。

「きっと10バーツぐらいまでディスカウントしたって、奴らは儲かるようになってるんかもな」とシンさんは答えた。

 

10バーツ=50円。(1990年代初頭のレート)

それでも儲かるというなら、原価はいったいいくらなのだろうか。

「そうなの!」俺は心の底から驚きの声をあげた。

 

「ほんで結果的にハーフプライスで交渉を終了させた。それでも客は喜んでるし、こっちもウハウハ。日本人はカモにしか見えんわな。」

「じゃあ、もっと交渉できるってこと?」

「ああ、たぶんそうやな。でも・・・」

「でも、なに?」

「それが買い手にとって本当に必要なモノなら、売る側が有利。底値まで言い当てたら相手は『売らない』の一言でお終いや」

「それが必要じゃないモノなら?」

「買い手は本気の駆け引きなんてしないやろ。ハナから暴力的なディスカウント交渉ではじまる」

「そうだね。特に欲しいモノじゃないときって遊び半分で、最初からいきなり50%ディスカウントなんて言ったりするもんね」

「でも相手は全然余裕や。気持ちにゆとりのある奴は強い」

「同じ階級のリングにあがってないってことだね」

「ああ。それでちょっと軽いパンチでも、もろうとこかってな感じで、『マックスリミット25%ディスカウント』って苦しい顔しながら言いやがる」

「あれって演技だったの」

「そういうことやな。全部見抜いてるんやろ」

「そう考えると、すごいね」

 

路地裏を激走するトゥクトゥクの荷台で揺られながら、「相手は商人やなくて、生き死を賭けたプロのネゴシエーターやからな」とシンさんは呟き、意味深げに目を細めた。

 

続く

次回の話/盗品の市場

前回の話/バブル景気真っ只中

キング・カズと生年月日が一緒の1967年2月26日生まれ。外人は<アサタロー>と発音しにくいらしいので、海外では<アーサー>と名乗っていたら、親しい外人仲間が<キング・アーサー>とニックネームをつけてくれた。「アサタロウ」と日本で名乗ると「アソウ・タロウ?」と聞き間違いされることが多々ある。彼が幹事長のときは俺に<カンジチョー>のあだ名がつき、総理大臣になると<ソーリ>と呼ばれるようになったが、彼の総理大臣辞任後も俺の格下げはなく、いまでも<ソーリ>のあだ名は定着している。本業はコーディネーター。