ヒツジ飼いの冒険
第16話 余暇
強い風が雨雲をどんどん遠くへと追いやると、雲に覆われていた空は裂け、地面に光を届けた。
昨夜の雨は思っていた以上に多く降ったようで、いたるところが冠水していた。
レオナルドは雨だけでなく、同時に風も避けられるような場所へヒツジを移動させたつもりでいたが、その候補地だったいくつかの場所は完全に水没していた。
一瞬の判断が生死を左右する。
それをまざまざと見せつけられた朝だった。
レオナルドは旅に出る前からキャンプ好きだった。
小さな頃から連休ともなると、親がキャンプへ連れて行くような環境に育った。
働くようになってからも、休日となると友人たちとキャンプへ出かけた。
休みのたびにアウトドアへと足を運んでいたので、まわりから一目置かれる存在となっていた。
その目を気にするあまり、友人をキャンプに誘っても誰も乗り気でない休日も、ソロキャンプを勤しむようになっていた。
そんな行動に出れば出るほど、まわりの評価は過大となっていったのは事実だ。
レオナルドの余暇イコール、キャンプという図式が暗黙のうちに完成されていた。
キャンプ未経験者、あるいはソロキャンプの経験のない者からは、「ひとりでキャンプに行って、楽しいの」なんて質問がよくあった。
「気楽で楽しいよ」と答えるが、本当のところは楽しいとか楽しくないじゃなく、その日は誰もついてきてくれなかったというだけだ。
ソロキャンプの経験をいくつも積み重ねながら、グループキャンプも数多く味わってきた。
「年間、どのくらいキャンプするの?」なんて質問もよくされた。
「特に用事がなければ毎週のように行くんだから、年間50泊以上かな」といっぱしの冒険家きどりで答えた。
でも豪雨の中、安全に寝泊まりする場所を探し求め歩いた昨夜のような経験は一度もなかった。
かつても豪雨の中でキャンプをしたことはある。
雪上キャンプの経験もある。
春の嵐でテントが吹き飛ばされそうになりながら、なんとか過ごした夜もある。
でも、なにかが違った。
改めて考えてみると、これまでレオナルドが経験してきたキャンプのほとんどは、誰かに管理されたキャンプ場だった。
そこは完全ではないにしろ、ある程度の安全は担保されている。
しかし、管理されていない場所でキャンプした経験も何度かある。
その場所も、昨日の自分と同じように「ここなら安全か」と、確かめながら選んだ野営地だ。
でも明らかに、昨日の野営とは何かが違う。
この違和感は、何なのだろうか。
もちろんこれまでに、ヒツジを連れてキャンプしたことなどない。
ヒツジの安全を考えて場所選びをしたのは、確かに昨日がはじめてだ。
だがそんな単純な違いではなく、喩え難い違いを感じる。
その違いは、一体何なのだろうか。
レオナルドの視線は昨夜の雨で作られた水たまりに向いていたが、思考は水たまりに向いてはいなかった。
ヒツジ飼いの冒険(第17話)へ続く
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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。