キング アーサーのここだけの話
人生を踏み外した瞬間
シンさんは夜に弱いと、バスが走り出すとすぐに寝息を立てていた。
俺は夜に強く、まだまだ寝るような時間でもない。
しかもシンさんについてきただけでこれからどこへ行くのかわからず、興奮して寝られるような状況ではなかった。
すべてが予定外で、その先に起こるすべてが予想もできない状況。
まさにこのときが、俺が人生を踏み外した瞬間だったのだと思う。
このバスに乗らなければ、残りを数日をバンコクでのんびりと過ごしていた。
やることといったら目で女の子を追うか、せいぜいホテルまで尾行するのがやっとで、それ以上の行動は起こせないだろう。
日本に帰ればバイトがあり、またすぐにでも学校がはじまる。
平穏ながらも未来は明るく、輪郭がくっきりした軌道が見えている。
そんな人生だったはずだ。
なのにいま、訳も分からぬ男についていき、予定に入ってなかった島へと寄り道をする。
いままでの俺からしたら、勇気ある冒険の旅に踏み出した記念日となるはずだ。
そう考えれば考えるほど気持ちは高ぶり、まったく寝付けない。
荒れた道路でもスピードを緩めずに走るバスは、いまにも倒れそうなほど左右に揺れ動いている。
それが俺の冒険心を無性に煽る。
いまの俺の心情を聞いてもらいたくて、どれほどシンさんを揺すぶり起こそうかと思ったが、バスがどんなに激しく揺れていてもシンさんは図太くも寝ている。
やがて夜の海が見えてきた。
ここら辺からボートへ乗り換えるのだろうか。
ついに俺はシンさんに何も話しかけることができなかったと悔やんでいた。
続く
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