ヒツジ飼いの冒険
第28話 余地
赤い両翼を大きく広げ、威嚇したかと思うと交渉人から発せられた言葉は、やたらと丁寧なものだった。
「もう、お引き取りくださいませ」
丁寧ではあるが、そこには交渉の余地がまったくなかった。
「この島を旅してみたいんだ」レオナルドは言った。
「前例がありませんから、旅させるわけにはいきません。お引き取りくださいませ」
「役人みたいに固いことおっしゃらないで、上の人とかけあっていただくことはできないでしょうか」交渉人の言葉遣いにつられて、レオナルドまで普段は絶対に使わないような丁寧な言葉を発した。
「申し訳ございませんが、ここから先へ、一歩でも進ませるわけにはいきません。お引き取りくださいませ」それでも赤い交渉人は頑なだ。
もう1羽の黒い交渉人はまだ見習いなのか、言葉を自由に操れないのか、ずっと黙ったままだ。
「前例がないわけじゃないはずだ、オレは本を読んでこの島にやってきた。その著者は、ここで3年暮らしたはずだ。この島での生活が、克明に描かれているんだから・・・」と言った瞬間、黒い羽の交渉人が大きな両翼をばたつかせた。
「ジェイコブ・ロガビーン。ジェイコブ・ロガビーン」
「そう、ジェイコブ・ロガビーンの本。でもなんで知ってんの」
「マイ・ファーザー。マイ・ファーザー」
「キミの名は?」
点と点が繋がり、線になりはじめたが、その線は思った次元に描かれているものではなかった。
考えてみれば、言葉を巧みに話す鳥がいる。
ならば絵を描く鳥がいて、なんら不思議ではない。
あの本の著者が人間ではないと、最初になぜ考えなかったのだろうか。
著者が人間でないならば、合点の行くところずいぶん多くなる。
なにしろあまりに自然について詳しすぎるし、文字や数字が少なすぎる。
とりわけ学術書と理解する人が多いあの本が、人による著作物だったら、もっと文字や数字があってもおかしくない。
むしろ多くあるべきだ。
レオナルドに至っては実話をベースにした物語だと思っていた。
ならば、なおのこと文字で埋め尽くされるべきなのだ。
ここに3年間暮らしたジェイコブ・ロガビーンは鳥であったとするならば、本当にこの国の本土に侵入した人間はいない。
ヒツジ飼いの冒険(第29話)へ続く
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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。