ヒツジ飼いの冒険
第2話 運命
「本」が自らいなくなるわけがないので、研究者グループの誰かが持ち帰った、あるいは研究室に侵入者があり盗まれたと考えるのが妥当。
紛失の発覚を遅らせたのは、長い年月にわたって複写版で研究が行われていたためという要因があった。
誰もが原版は厳重に保管されていると思い込み、確認していなかった。
海、雨、大地、風向き、太陽と月など自然にまつわるいくつかの単語は確認できるものの、ほとんどは数字と図版しかかかれていない「本」。
人や動物の骨格、筋肉やその動きが描かれ、医学書ではないかと推測する者もいたが、多くの研究者たちは旅に関係する著述であると理解していた。
一方で、アートだと考えている者もいた。
確かに、ダ・ヴィンチの残したデッザンにも酷似したところがある。そのデッサンまでもがアートと評価されるのだから、「本」もアートと評して問題はないようにも考えられていた。
しかし現在、世に残っている絵画や彫刻、医学書、様々な文献をどれだけ掘り下げても、ジェイコブ・ロガビーンという人物は見あたらなかった。
唯一該当する者がいるとすれば、イースター島を発見した探検家Jacob Roggeveen。
その父は数学者で、地理学、天文学にも長けていたという。
父から学んだ豊富な知識により、大航海時代を生き抜いた人物と同姓同名。
性別、年代、特徴などから推測された人物像に矛盾はないように思えたが、決定的な差異があった。
LとR。
ロガビーンの頭文字が違っていた。
自分の姓を書き損じるわけもなく、その探検家とは別人物、一族とも無縁であるとされた。
原版はなくなったが、複数部の複写版が残っていた。それは三田の研究室のみではなく、世界中に拡散していた。
しかし複写版の贋作がいくつも見つかり、三田の研究室内部にある数部の複写版からもまたそれぞれ相違点が見られたため、どれが正しいものなのか判断はできなくなっていた。
複写に複写を重ね、各々が自分に都合のいい解釈法を見出すために数々の改ざんを生んだものと考えられた。
原版を見たことのある世代の研究者たちはおろか、「本」の発見者である三田すらもすでに他界しているので、真贋の判断は誰にもできなくなっている。
そのことがひとつの要因となり、今では積極的に「本」の研究に取り組むものはおらず、そもそも「本」そのものが本当に存在していたものなのかを訝しむ者もいた。
「本」の発見から100年余り、姿を消してからわかっているだけでも数十年の月日が流れ、研究者からも「本」の記憶は消えて行った。
運命
レオナルドが電車で降りたのはリンダが暮らす街の駅。
はじめて利用する駅だから右も左も見たことのない風景。
曇天で南北の方向感覚すらつかめない。運悪く改札口はひとつしかなかったため、北口も南口もない。
ただ、待ち合わせ場所は改札を出たら左、とにかく道なりにまっすぐ行けば辿り着くと教えてもらっていた。
はじめて行く場所だから早めに家を出たのは確かだったが、それにしても早く着きすぎた。
レオナルドはリンダが暮らす街に興味が湧き、近くを散歩することにした。
リンダはきっと駅前のコンビニを利用したことがあるだろう。
まあそのくらいは予想しなくとも的中している。
そのほかに、この店は入ったことあるだろうか、この店はお気に入りだろうか、ここはリンダの雰囲気に似合わない。
そんなふうに想像ながら歩くのは楽しかった。
駅前の目抜き通りだというのに商店は少なく、街並全体が閑散としている。
道路の右と左に別れた建物を繋げた電線が、あみだくじのような模様を描く。
高層の建物もなく2階建てが続くから、ちょっと背が高かったらあみだくじを書き換えることができそうなほど、電線は低く感じた。
住宅街を覗き込みながらリンダのことを思うのも、どこかストーカーみたいな行為であると思い、歩くのをやめた。
店の少ない駅前通りで都合よく古本屋を見つけられたのも、歩くのをやめた理由かもしれない。
木枠の引き戸には手入れの行き届いていないガラスが収まり、昭和を題材にした映画のセットにあるような店構え。
6枚並んだ引き戸は1枚だけ、猫が通れるほどわずかに開いていた。
レオナルドは普段から本を読むような趣味がない。
だからこそ電車に乗るとき、本を持ち歩くようなクセもない。
あまりにも長い時間乗っていた往路の電車。
まわりを見渡せば、手相占いがブームになっているのかと思うほど、誰もが片方の手のひらを見つめ、利き腕の指先で手のひらをなぞることに夢中になっている。
電車に乗っている全員が同じように手相占いをしているのが気味悪く、自分だけは違うことをしようと、車窓からの風景をひたすらに眺めていた。
とは言えその時間があまりにも長かったので、帰りには本でもあれば時間を潰すことができると考えていた。
そんな矢先に古本屋との出会いだったから、何のためらいもなく入店した。
店内を見渡すと、当然ながら本が並んでいた。
それは整然というより雑然。想像を絶しない古本屋の正しい姿に思えた。
新しい本が並んだ本屋なら、どの本を手にとっていいものか。どんなジャンルの本が帰り道を楽しませてくれるだろうかと悩んでしまったに違いない。
たまたま目についた本屋が、お世辞にもキレイとは言えない、整理されていない古本屋だったというのは運がいい。
あまりにも多い古本が行き場をなくし、床に置かれて通路は迷路のようになっている。
向こうの景色は見えるので、本来は行き来できるはずの通路が本に遮られところどころ行き止まりとなっている。
その道なき道を歩くのが面白くもあった。
もはや本を選んでいるのではなく、前人未到のルートを開拓する冒険家のような気分になっていた。
そこで1冊の本を発見した。
背表紙にタイトルがないほかとは異なる本だったからこそ、目に飛び込んできたのかもしれない。
リンダと会ったとき、古本ならばいつも愛読書を持ち歩いているように見える。
普段とは違った一面を印象付けることができる。
それでいて手に持った本にタイトルがなければ「その本、読んだことあるよ」なんて話題にもならない。
この本との出会いは運命などではなく、レオナルドにとって、まったくもって都合のいい本だった。
本を手に取り、中に目を通すこともなく、入り口付近の古い椅子に腰掛けた店主らしき男へと持って行く。
男の毛髪は5ミリほどの短さに整えられているがほとんど白髪なので、遠くから見たときは毛が生えていないように見えていた。
右の小鼻の脇には、その小鼻と同じくらい大きなホクロがあり、印象的な顔立ちだっだ。
「ほう、お客さんお目が高い。それは今日入荷したばかりの本だよ」
ホクロの男はそう言ったが、そんなのは絶対に嘘だ。
本当に今日入荷したばかりなら、あんなにうず高く積まれ、埃をかぶった本の中に埋もれているはずがない。
だからといって正直な感想を言う必要もなかったので、レオナルドは返す言葉を失い、無言のまま支払いを済ませた。
本を片手に待ち合わせ場所へと急ぐ。
ただ、明確な待ち合わせ場所はない。
改札を出たら左、とにかく道なりにまっすぐ行けば公園の池に辿り着く。
その池のまわりを散歩していれば、どちらかが時間に遅れても飽きないでしょう、というリンダらしい提案だった。
公園の入り口からすぐのところに池が広がっていた。
そこを周回することなく、リンダが後ろから声をかけてきた。
「三田くん、待った?」
ヒツジ飼いの冒険(第3話)へ続く
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