ヒツジ飼いの冒険
第8話 商店街
レオナルドは一昨日からのことを順序立て、すべてを話した。
電車に乗っているあいだ退屈だったこと。
リンダの暮らす街の駅に降りてから、リンダのことを思いながら街を少し散策したこと。
古本屋のことは、とりあえず伏せておきながら、本を買ったこと。
リンダと会ってボートに乗ったこと。
そのあと2人で古本屋を探しに行った話も飛ばした。
帰りの電車では、結局本を開かなかったこと。
家に着いてから、1日がかりで本を読んだこと。
本には2枚の紙が挟まれてたこと。
最初の1枚は読まず、もう1枚は読んだこと。
本が400ページもあったこと。
さすがに400ページすべての内容は伝えなかったが、かいつまんで説明し、その時感じたこと、考えたことは話した。
リンダは話を折るように、ときどき質問を差し込んできたが、レオナルドは丁寧に答えながら話を続けた。
ずいぶんと長い話だった。
本に夢中になって仕事を休み、読み終えたら寝てしまい、結局2日も無断欠勤したこと。
本の厚さは枕にちょうどよかったこと。
そして、本を枕にして見た夢のこと。
「ふーん。<運命に従え>ってメッセージが入ってたから、それだけで旅に出るっていうんだ」
「オレの話を聞いてなかったでしょ。オレは、本に書かれていることが本当のことなのか、確かめる必要があるんだよ」
寿司屋にいる短い時間に通り雨があったようだ。
石畳が濡れ、街路灯の反射で艶やかさはあるものの、ほとんどの店はシャッターが閉まり閑散としている駅前の商店街。
どんなに大声を張り上げても、それを気にするものなど誰もいない。
もしかしたら、商店街の上にある住居からは、窓を薄く開け覗き見をするものがいたかもしれない。
でも真剣に将来を話し合う2人には、それを気にする余裕はなかった。
「じゃあ、アタシも確かめに一緒に行く」
「確かめに行くって、リンダはその本を読んでないんだから、確かめるも何もないだろ」
「アタシは、三田くんが本当に1人で旅をするのか確かめに行く」
「リンダが一緒に行ったんじゃ、1人旅にはならない」
「そもそも、本には1人で旅しろって書いてあったの」
リンダにそこまで説明していなかったが、確かにそうは書かれていなかったし、1人旅が運命であるとも感じていなかった。
ただ危険を伴う旅であることは、行く前からわかっていた。
レオナルドは商店街の細長い空を仰いだ。
2人で行けばそれが楽しい旅になることも想像がついたが、まさかリンダが一緒に行くと言い出すとは、話をはじめる前に想像もしていなかった。
過去のデータを蓄積する能力、つまり記憶力は長けているレオナルドだが、未来を予見することは苦手としていた。
仕事を無断欠勤したらどうなる。
会社としてはレオナルドがいないことにより、どんな損害を被る。
未来を予見できないからこそ、そのような行動がとれたのかもしれない。
次に出社して上司に叱責され、「お前のせいで、こんなことが起きたんだぞ」と言われることではじめてそのデータを自分に取り入れられ、次からはしないようにしようとなる。
あるいは、このとき上司から戒告されなかったとしたら、レオナルドは無断欠勤をときどきすることになっただろう。
「どう考えても、リンダが一緒に行くのはダメだ」
「なんで」
「やっぱり男には1人で旅をする時期が必要なんだよ」そう繰り返すしかなかった。
「なんで」リンダも繰り返した。
右も左も分からない、言葉も通じない異国の地。そこでおろおろする無様な姿をリンダに見せられるわけないじゃないか。
でも本音は絶対に言えない。
「経験を積みたいんだ」
「経験は2人でも積める」リンダは引き下がらない。
「1人で行ってみたいんだ」
「1人じゃだめ・・・」あまりにも聞き分けが悪い女になりたくないとリンダは感じはじめていたので、ひと呼吸置いてから続けた。「ヒツジを連れてって」
どれだけ長い間があいただろう。
リンダ自身も考えていなかった言葉に、2人は会話を詰まらせた。
「なんでヒツジを・・・」
やっと口を開いたのはレオナルドだった。
「だって、ヒツジの群れを率いている夢を見たんでしょ。土埃の匂いまで感じたほどリアルだったんでしょ。それって予知夢だよ」
「そういうのを予知夢とは言わないよ」レオナルドはリンダの言葉の解釈を否定したが、ヒツジを連れ歩くことはむしろ運命であると感じていた。
そう思う一方で、もうひとつの思いも浮かんでいた。
ヒツジ飼いの冒険(第9話)へ続く
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