ヒツジ飼いの冒険
第11話 意匠
ブリッジに行くと、ざっと見たところ10人ほどの乗組員が勢ぞろいしていた。
やがて船長が登場し、わずかばかりの訓示を述べると次に役職を読み上げる。
「通信長!」
するとその機関長らしき人物が1歩前へ出て、自己紹介をするといった具合だ。
コンテナ船には船長のほかに長の付く役職が通信長、料理長、機関長の3人がいた。
船長はその3人を束ねるほか、3人の航海士という部下がいた。
機関長にも3人の部下、機関士いたが、通信長と料理長は長という役職が付くわりに部下はいなかった。
最後に読み上げられた役職が「甲板部」だったのだが、乗組員すべての自己紹介は終わっていたので、レオナルドはそれが自分だということ知った。
果たして甲板部とはどんな仕事をすることなのだろうか、まったく想像がつかない。
甲板、つまりデッキの清掃でもするのだろうか。
それともデッキから進行方向を目視する役割か。
「オレは何かひとつのことに打ち込むのが得意です。何時間でもそれに集中することができます。でもその対象がなくなったとき、まるっきりダメな人間になってしまいます。どうかオレから仕事を奪わないでください」とレオナルドは自己紹介した。
「それでは直属の長の指示に従い、クルーはそれぞれの配備につくように」船長は告げた。
船長のもとには航海士が3人集まったが、すぐに船長から離れ、それぞれの担当を自主的に確認しあっているようだった。
レオナルドの直属長は誰になるのであろうか。
やはり、船長なのかと戸惑いを見せていると、向こうから近づいてきた。
「この船は全長500メートル。世界に類を見ない大きさじゃ」とコンテナ船の紹介をはじめた。
ひと昔前まで、半分の大きさでも30人からの船員が乗っていた。
機械化が進み、いまやたった10人の乗組員で目的を達することができるようになった。
コンテナ船の目的は、いかに効率よく荷物を運ぶことができるか。
つまり乗組員が多く乗ればそれだけ積載重量は減るし、船室も必要となるから積載スペースも削られる。
船が巨大化し、省エネ化し、人員削減するのは理にかなっていること。
それは正論としながらも、わずかな余地を残しておかなければ、ものごとはうまく運ばないとレオナルドに話した。
「ハーマン船長はオレが乗組員でもないのにコンテナをチェックして、鍵が開いていたらコンテナに忍び込んで船に乗り込もうとしていたのを気づいてたんですか」
「さて、なんのことやら。レオは仕事をしていただけじゃろ」と言い、年甲斐もなく小さく舌を出した。
自己紹介によってレオナルドの名前を知ると、船長はレオと呼ぶようになっていた。
「レオ、船内を少し歩こうか」と船長は誘った。
「はい」いまなにをすべきかわからぬレオナルドは、准じるしかできなかった。
「コンテナ船には美しいほど無駄がない」と船長は、船内を歩きながら語りはじめた。
すべての構造、システムにはきちんとした意味があり、建造物でこれほど無駄がないのは、残るは戦艦と刑務所だけだと言った。
それらは目的がはっきりとしていて、無駄な意匠を施す必要がない。
無駄がないというものには、遊びもない。
戦艦と刑務所には遊びは必要ないが、コンテナ船にはそれくらいあってもいい。
遊びだらけでもダメだ。わずかな遊びでいい。
「バランスが大事なのじゃ」と言って振り返り、一歩後ろを歩くレオナルドを見つめた。
「バランスですか・・・」
「そう、バランスじゃ」
コンテナ船はコンテナを積みやすいような設計になっていて、コンテナ本体も積まれやすい規格サイズになっている。
コンテナ船は最大何個のコンテナが積めるのか、体積によって定められているが、コンテナそれぞれの重さはバラバラ。
なにも考えずに積めば船は傾く。
決まりごとだらけの中でも、さらにバランスを取っている。
バランスを取りながらも積んでも、それでも左右前後がぴったり同じになるとは限らない。船底には隔壁があり、そこにバラスト水を入れてまたまたバランスを取る。
航行を続けていると燃料が減り、船のバランスが崩れるが、このときもバラスト水を捨てバランスを取る。
ゆっくり、穏やかに航行するコンテナ船は、常にバランスを取り続けている。
船長はそう告げると向きを変え、また歩きはじめた。
「オレは、バランスを取るために必要だったってことですか」レオナルドは船長の後ろ姿を追いながら聞いた。
「バランスのためじゃない。遊びじゃ」
「遊び・・・ですか」
「そう、ワシの遊び。人生には遊びが必要じゃ。いまや船には乗組員が少なくなって、話し相手もいなくなった」
「じゃあ、オレの仕事は、ハーマン船長の話し相手ってことですか」
「いいや、甲板部という仕事がある」
「どんな仕事ですか」
「1日に数回、積み荷の安定をチェックして、ワシに報告しにくる。そしてワシが行ってよしと言うまで、ワシの話を聞き、質問に考え、答えるんじゃ」
「やっぱり話し相手じゃないですか」
「重要なのは、完璧な仕事をすること。積み荷が大丈夫だったか、ワシが毎日毎日ひとつひとつチェックするわけにはいかん。その役目をレオが行い、ワシに報告する。そしてワシは、お前の目を見て判断するだけじゃ」
ヒツジ飼いの冒険(第12話)へ続く
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