キング アーサーのここだけの話
もろくも欠けた冷静
ホテルの目の前にある7月22日ロータリーには外国人の人影はなく、日本ではあり得ないような荷物を高く、横にも広く積んだ小型バイクが時計回りに忙しく走りまわっていた。
「アーサーが荷物をピックアップしてくるあいだに、トゥクトゥクを捕まえとくわ」とシンさんは言い、ホテルの中までは入っていかなかった。
単に荷物をピックアップするだけだから時間はかからないはず。
俺もシンさんもそう考えた。
しかし、予想もしていなかったトラブルに俺は巻き込まれた。
ホテルのレセプションに預けていたバックパックの上蓋だけがなくなっていたのだ。
バックパックの中身を確かめたが、本体には手をつけられていないようだった。
盗まれた上蓋のポケットには、洗面道具と使い捨てコンタクトレンズの予備が数枚が入っているくらいだった。
だから諦めようと思えば諦めはついたのだが、上蓋なしのバックパックというのもなんとも情けない姿だった。
でもトラブルなんて、予想してて巻き込まれるもんでもない。
しかもそのトラブルは、レセプションに預けていた荷物の盗難だ。
犯人はホテル従業員しかいないだろう。
だがホテル従業員を、どれだけ問い詰めても知らぬ存ぜぬの一点張り。
それまで俺より上手な英語で受け答えしていたホテル従業員だったが、強気に出る俺に対し、ついには英語がわからないと言い出した。
あのときは、「英語がわからない」という言い逃れに思えたが、いま思い返してみると、思考が追いつかず乱暴な口調になっていた俺の英語の組み立てがムチャクチャだったのかもしれない。
俺はそれほど冷静さを欠いていた。
続く