ヒツジ飼いの冒険
第20話 超人
ヒツジたちの待っている位置は、地図上で境界のギリギリだった。
道が途中で途切れているので正確な位置は掴めないが、等高線を頭の中で立体的に描くと、あの丘とその丘の中間地点。
境界線を超えているようにも思えるし、超していないようにも思える。
もし境界線を超していたのなら、いったいどうなるのだろうか。
レオナルドはバーテンダーの目を覗き込んだ。
「すぐにでも攻撃がはじまるさ」
シェイカーを振るのを止め、グラスにカクテルを注いだ。
レオナルドはカウンターに出されたカクテルを口にした。
それはさっきまでストレートで飲んでいたハバナ・クラブをベースに作った、なんの飾り気もキューバ・リブレだった。
「この島では、天然の果物を収穫することは禁じられている。だからこんな洒落気のないカクテルしか作れないんだ」
キューバ・リブレに洒落気がないかわからないが、ここではフレッシュジュースを使ったカクテルは注文できないということだけはわかった。
「窮屈そうだけど、それでも自由なんだよね」
「それが自由ってもんだと、ホルスの民に教わった」
「どういうこと」
「自然に起こることを受け入れ、自然のあるままにするのが自由なんだとよ」
「原始生活みたいなこと?」
「そうじゃねえ、やつらは高度な文明を持ってる。寿命だってオレたち人間より、ずっと長い。機械や装置を使わずに空を飛び、多彩な言語を使い分け、自然を受け入れ、自然を尊ぶ。卓越した生命体。いわば超人だ」
「超人?」
「ああ、超人であり、鳥でもあるから鳥人でもある」
「それは、ギャグ?」
「違う。本当に超人で、鳥人なんだ」
「鳥人間?」
「それとは違う。人間ではない。人間と同じ言語を使う奴もいるが、人間ではない。人間よりはるかに大きい、体高360センチもある巨大な種族いれば、4〜5センチしかない種族もいる。そんな体格差がありながらも、平和に、友好的に暮らしている。自然の摂理の下に」
「鳥人間じゃないのに、鳥人って言い方も変なんじゃないの」
「人よりはるかに卓越した能力を持っているのは間違いない。人を超えてるから超人と言ったんだ」
「超人と呼ぶ由来は理解できるけど、鳥人ではないってことだね」
「ああ、それは受けもしない、つまらないギャグだった」
バーテンダーは恥ずかしさを隠すように俯いて、グラスを磨きはじめた。
「攻撃がはじまってないってことは、境界線を超えてないってことだね」
「お客さん、アンタは境界線近くまで行ったってことか」
「うん。オレもだけど、ツレも。ツレはいまでもそこにいる」
「アンタ・・・、いやアンタじゃ失礼だ。なんて呼べばいい」
「レオナルド。レオでいいよ」
「じゃあレオ。アンタのツレは境界線のことを知らずに、いまでも境界線付近にいるってことか」
「そういうことになるね」
「まだ攻撃がはじまらないってことは、境界線を越えてないってことだけど、そこでじっとしてることができるツレなのか」
「う〜ん、じっとしてられるかっていうと、じっとしていられるような気もするし。無理だと思えば、無理。なにしろ知り合ったばかりだから、行動パターンはまだよくわからないよ」
「すぐに、ツレのところへ戻った方がいい。境界線のことを教えるんだ。境界線の付近に攻撃をかわせるような建物はない。そんなところで攻撃がはじまったら、死しかまってない」
バーテンダーは急に青ざめた顔になり、店の窓を閉めはじめた。
ほかの客もバーテンダーの行動に気づき、慌てて帰る者、戸締りを手伝う者、大声で罵倒する者と店内は慌ただしく動きはじめた。
ヒツジ飼いの冒険(第21話)へ続く
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