キング アーサーのここだけの話
野上真一は悪魔の生まれ変わり
あんなにか細い、単なる棒のようなパドルのひと漕ぎひと漕ぎで、カヌーは前へ前へと進んだ。
カヌーは推進力を増すごとに、安定していった。
その乗り心地に慣れ気持ちが落ち着くと、俺は質問した。
「バンコクのカフェで、髪を切ってたよね」
「ああ、そうや」
「あれって、なんかの許可とか得てるの?」
「店からは許可もらったで」
「そうじゃなくってさあ、国とか保健所とか」
「人の髪を使った彫刻をしとっただけやがな。芸術作品を作るんに、誰かの許可がいるんか?」
あまりに強引なロジックに、俺はしばし絶句した。
「あの・・・髪を切られてた女の人とは、どういう関係?」そして、無理やり言葉を紡ぎ出した。
「カヌー乗りは過去を振り返らんのやけど、なにが聞きたい?」
「いやさあ、見ず知らずの旅人に、大事な髪の毛を切らせることってあるのかなあって」さすがにニコールが帰国したばかりで起こりうるはずもない浮気を、俺は疑った。
「僕は船乗りや。しかも1日漕いでも100キロと進まん小舟の船長や」
「で、シンさんはなにが言いたいの?」
「古今東西、船乗りと言えば港港に女がいるもんや。だったら僕には、100キロごとに彼女がおっても、おかしなことないやろ」
悪魔の生まれ変わり、野上真一の論法に、俺は再び絶句した。
*著者は資料に基づく回顧録であると主張していますが 編集サイドではフィクションと判断しています。 登場する人物・団体・名称等は架空であり 実際のものとは関係ありません。
続く
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前回の話/朽ちてしまいそうな木舟
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