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ヒツジ飼いの冒険
第24話 変貌

野草は丁寧に刈られているのだろうか。

均一な長さで続いている。

歩きやすいが、身を隠す場所も見当たらない。

唯一隠れるとするならば、森の中しかないだろう。

 

ザッザッザッと大きな音が背後から迫ってきた。

 

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「ま、待て。行くならワシも一緒に行く!」

レオナルドが振り返ると、ヒツジの群れの一番後方に口にヒゲを蓄えた男が追ってきていた。

「あなたは昨夜の・・・」王国軍の攻撃のことを教えてくれたバーテンダーだった。

「きっと境界線を越えるだろうと思ってたよ」やっとレオナルドに追いつき、レオナルドの歩みを止めさせた。

よほど急いで来たのか、肩で息をしながら言った。

「昨晩は攻撃がなかったから、アンタはまだ境界線を超えちゃいないとわかった。だから安心だと思ったが、アンタの目には好奇心が光ってた。ワシの言葉なんか聞いちゃいない。自分の目で確かめなくっちゃ、何にも信用しない目だ」

 

以前にも誰かに言われたことがある。

「でも、もう境界線を越えちゃったころだろうから、王国軍の攻撃がはじまるんじゃないの。攻撃に備えて、守りを固めなくっちゃいけないんじゃ・・・」

「安心しな。町のことは、町の連中に任せて。攻撃なんて、ワシラは慣れっこだ。それより旅人の行動を最後まで見守るのが、島民の役目。境界線を終える旅人もいれば、越えない旅人もいる。今回のヒツジを連れた旅人を見守るのが、どうやらワシの役目に決まっちまったようだ」

 

レオナルドが感じていた視線は、王国からだけでなく、島民からもだったようだ。

「町は、大丈夫なの」

「いまがちょうど境界線の真上。引き返すならいまだけど、見たいんだろ。王国を」

「行っていいの?」

「好きにするがいい。アンタがこの諸島を離れるまで見届けるのがワシの役目だ。そういうや、アンタの名前をまだ聞いてなかったな」

「レオナルド。レオって呼んでくれていいよ」

 

おかしい。

俺はバーテンダーに名前を名乗ったはずだ。

単なる物忘れか。

名前を思えるって、客商売で一番重要なポイントじゃないのか。

 

「そうか、レオ。ワシはジャック。ジャック・ダニエルのジャックだ。酒飲みにふさわしい名前だろ」

「ジャックはバーテンダーなんだから、飲む方じゃなくて売る方だ」

「そんなのはどうでもいい。酒ならいくらでも持ってきた。先に進むんだろ」

「ジャックは楽しそうだね。先に進むのが」

「はじめてだ。先に進むヒツジ飼いの旅人なんて。王国のヤツらがヒツジ相手ならどうするか、見てみたいんだ」

「じゃあ、これまでに先に進んだ旅人がいたってこと?」

「境界線から何百メートルはな。大概は王国の最前線のヤツラに行く手を阻まれて戻るしかなかった」

「大概はってことは、最前線を超えた旅人もいたんだね」

「いたさ。最前線は温和だ。行く手を阻むだけしかしない。それを超えると、交渉人がやってくる。ここが戻る最後のチャンスだ」

「戻らなかったら?」

「本当に攻撃してくる」

「攻撃してくると?」

「一目散に逃げ戻るしかないさ」

 

レオナルドの決意は固まった。

最前線はどうであれ、交渉人には会おうと。

数歩踏み出すと、緑色の大地は秒ごとに変貌していった。

 

ヒツジ飼いの冒険(第25話)へ続く

ヒツジ飼いの冒険(第1話)から読む

*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。

カヌーイストなんて呼ばれたことも、シーカヤッカーと呼ばれたこともあった。 伝説のアウトドア雑誌「OUTDOOR EQUIPMENT」の編集長だったこともあった。いくつもの雑誌編集長を経て、ライフスタイルマガジン「HUNT」を編集長として創刊したが、いまやすべて休刊中。 なのでしかたなくペテン師となり、人をそそのかす文章を売りながら旅を続けている。