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ヒツジ飼いの冒険
第25話 国旗

眼前には、全面に芝生を敷いたように緑の大地が広がっていたはずだった。

しかし刻一刻と低く茂った緑は失われ、ひざ下くらいまでよく動く赤いの流動体に包まれた。

 

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赤い流動体を踏みつけるわけにもいかず、レオナルドとヒツジたち、そしてジャックもまったく身動きができなくなった。

チクチクとつま先を突かれ、すり足でゆっくりと後ずさりするしか方法がない。

数歩後退すると、そこは境界線の手前。

赤い大地と緑の大地できっちり二分され、レオナルドは緑の地にいた。

突然の出来事に驚いたヒツジたちは安全地帯へ戻ったにも関わらず、境界線から距離を置き、ずいぶん離れている場所まで退陣した。

 

「これが最前線さ」とジャックが言った。

「いつの間に・・・こんなにたくさんのニワトリが・・・」レオナルドは言葉を失った。

ニワトリの群衆は自分たちのテリトリーに入ってくるなとばかり、最前線から視力の届く限りを埋め尽くした。

「ヤツラは何もしちゃいない。ただ餌となる草をついばんでただけさ」

「でもオレを襲ってきた」

「そうか、レオはワシラを襲ってきたように感じたか?」

 

レオナルドは違和感に気づいた。

昨夜のバーテンダーは確か自分のことをオレと言っていたが、同一人物と思われる目の前の男はワシと言っている。

それは慣れてきたせいで普段の言葉に戻ったということも考えられる。

だが、昨夜の怯え方と今の冷静な対応では、あまりに違いすぎる。

さらに付け加えるなら、こんな風貌だっただろうか。

場末の酒場が暗がりだったし、バーテンダーによくよく気も払っていなかったこともあるが、目の前で会話した人物がこんなにも老いていただろうか。

 

「襲ってきたじゃないか、だから戻ったんだ」

「ヤツラは草をついばんでただけだ。しかもヤツラの領土の草を。そこへワシラが勝手にヤツラの領土に踏み入り、ヤツラの食料を踏みにじった」

「だからって、オレの足に攻撃してきたことは間違いない。すごく痛かった」

「ヤツラはワシラの足の下にある草を食べたかっただけじゃないのか。現に、領土から出ていったら、ヤツラは何もしない。痛かったなんていうが、何かキズでも残るような証拠はあるのか」

レオナルドは自分の足元をじっくりと見つめるが、キズひとつないことはわかりきっていた。

予想もしていなかったニワトリの出現と攻撃に、ただ単に驚いただけだった。

「キズがなければ、暴力は認められるっていうの」

「そういうわけじゃないが、ワシラが先にヤツラの領土へ許可もなく踏み入って、ヤツラの食料を踏みにじったことは認めなきゃいかんだろ」

 

好奇心にかられ、許可なく領土へ入ったのは間違いない。

地面に自然と生えた野草を彼らの食料と考えるなら、ジャックの言っていることは正しい。

レオナルドは立ち止まるしかなかった。

立ち止まって考えているようで、先のことは何も考えられないほど困惑していた。

沈黙を続けるレオナルドを、ジャックは黙って見つめていた。

 

動かなくなったレオナルドを心配するように、ニワトリの執拗なついばみで後退していたヒツジたちは前線へと戻ってきた。

レオナルドを囲んでいたヒツジの群れは緑だった境界線を埋め尽くし、赤と白でくっきりと色分けをした。

俯瞰するならば、最前線はニワトリたちの群れで赤く埋め尽くされ、次にヒツジたちの群れが白、その後ろは町まで緑色で覆われている。

トリコロールに並んだ配色は、どこかの国旗のようだった。

 

なおもレオナルドは立ち止まって俯瞰していると、ヒツジたちは少しずつ赤い前線を押し戻し、白の陣営が進んでいるように感じた。

ヒツジたちは何をするでもなく、ニワトリたちと同じように草を食んでいるだけだった。

さっきまで、あれだけ攻撃的だったと思えたニワトリたちは、ヒツジたちのゆっくりとした行動を受け入れているようだ。

 

赤と白にくっきりと分かれていた前線は、時間とともに崩れていった。

それでもニワトリたちは自分たちの陣地からはみ出すことなく、境界線を守っている。

赤白のマーブル模様の横には緑の大地。

もはやどこかの国旗には見えない。

 

ニワトリたちはヒツジたちを攻撃する様子は見えない。

ならば、と思った矢先、一頭のヒツジが敵陣からはみ出し、レオナルドの元へ戻ってきた。

「カルボ、気が合うねえ」レオナルドは戻ってきたヒツジに声をかけた。

「メエ」相槌を打つように、ヒツジが鳴いた。

 

ヒツジ飼いの冒険(第26話)へ続く

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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。

カヌーイストなんて呼ばれたことも、シーカヤッカーと呼ばれたこともあった。 伝説のアウトドア雑誌「OUTDOOR EQUIPMENT」の編集長だったこともあった。いくつもの雑誌編集長を経て、ライフスタイルマガジン「HUNT」を編集長として創刊したが、いまやすべて休刊中。 なのでしかたなくペテン師となり、人をそそのかす文章を売りながら旅を続けている。