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ヒツジ飼いの冒険
第6話 解読

運命に従えとのメッセージを受け取ったところで、その運命がなんなのかわからない。

あの公園のボートに乗ったカップルは別れる。

それがメッセージの示す運命なのか。

オレとリンダは、そもそも付き合っているわけではない。

まあリンダの気を引こうと、あんなふうにボートへ誘っているのは間違いないが・・・。

 

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でも今は、リンダのことをどうやって気を引こうなんて考えるより、古本屋が消えてしまったことの方がよっぽど気がかりだ。

ということは、あの古本屋の存在を検証することがオレの運命ということか。

だからといって、存在していたところでなんになる。

「ほら、やっぱあったじゃんか」と得意になってリンダに報告するのか。

リンダの鼻を折る。そんなことがオレの運命なのか。

それにどれほど意味があるんだ。

そもそもリンダはオレに、なかったことを自慢してるわけじゃない。

 

調べてもやっぱり存在してなかったとする。

じゃあオレの見たあの本屋は、あの猫は、ホクロの男は何だったんだ。

この本を、オレはいったいどこで手に入れたんだ。

 

レオナルドはまたベッドの上で横になり、自問自答を繰り返した。

静かにしていると柱に掛かった時計の秒針を滑らかに動かしているギアの音が聞こえそうだ。

「コツッ」と何かに引っかかったような音が聞こえたので時計を見ると0時0分0秒で、針が並び止まっていた。

いままでこんなことは1度たりともなかった。

この柱時計を使いはじめ、3本の針が0で重なったのはちょうど千回目くらいか。

 

「とりあえず明日、いやもう今日か。今日は仕事を休もう」レオナルドは天井を見つめ、誰に言うでなく今の率直な考えを口にした。

「でも、仕事を休んだところで何する」声に出してみるが、当然ながらどこからも返事は返ってこない。

「なんて言って休む」それでも質問を続ける。

「またあそこに行って、古本屋を探すか。もしかして通りを1本間違えてたか」答えの出ている質問に嫌気がさす。

 

「間違ってないものは間違ってないんだし、そこにないものはない。でもあったものはあったんだ。現にこの本があるじゃないか」

 

ベッドから起き上がり、本を手に取ると、そのままフローリングの床にあぐらをかく。

くるぶしが板にあたって少し痛い。

そんな感覚がきちんとあるくらいだから、夢でもなんでもない。

レオナルドは現実に起きていることだと確かめると、本をゆっくりと読みはじめた。

ほとんど文字のない本だが、図柄の構成を、数字の意味を、筆者の気持ちを読み解きながら、1ページ1ページ丁寧にめくった。

 

ゆっくり読み解いていたので外は明るくなり、また暗くなり、そしてすでに明るさを取り戻している。

そのあいだレオナルドは1度の食事をすることもなく、1度も立ち上がることもなく、また寝ることもなく、本の解読に集中していた。

 

ページ数は書かれていないが、正確に400ページあった。

その400ページにわたって描かれた絵には、きちんと順番が存在していた。

初見では森羅万象をテーマに書かれている物語のように思えたこの本。

文字はなくとも、美しく壮大な実現象にもとづくストーリーであると今は確信を持って言える。

でもレオナルドにはその本に書かれているような経験がない。

それがどんなに辛いことで、苦痛を伴う大変なことで、そして楽しいことであるか。

実感として湧いてこない。

 

何十時間ぶりの床の上で横になると本を枕がわりにして目を閉じた。

硬いけど柔らかくも感じる。

ぶ厚い本だけど、寝心地悪い厚さとは思えない。

大きな本だけど、寝返りを打ったら頭は落ちそうだ。

でも総じて悪くない。枕には最適な本。

 

昨日は無断欠勤してしまったが、今日こそ出社するなら、もう準備する必要がある。

しかし1度閉じてしまった瞼は相当重く、簡単に開きそうにない。

「今日もまた仕事を休もう。でも、なんて言って休む」何十時間ぶりにやっと開いた口。

言い終える頃には、意識はコントロールできない遠く深いところへ旅立っていた。

 

その旅先には、ヒツジの群れがいた。

 

ヒツジ飼いの冒険(第7話)へ続く

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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。

 

カヌーイストなんて呼ばれたことも、シーカヤッカーと呼ばれたこともあった。 伝説のアウトドア雑誌「OUTDOOR EQUIPMENT」の編集長だったこともあった。いくつもの雑誌編集長を経て、ライフスタイルマガジン「HUNT」を編集長として創刊したが、いまやすべて休刊中。 なのでしかたなくペテン師となり、人をそそのかす文章を売りながら旅を続けている。