キング アーサーのここだけの話
アンジェリーナの誘惑
午前中、バーはカフェとして営業し、ゲストハウスの宿泊者向けにパンとお粥だけの無料朝食を提供していた。
表通りから遠巻きに中を覗いてみても、奥の方の様子はつかめない。
俺はゲストハウスの空室確認をする客のふりをして、カフェの最深部にあるレセプションへと向かった。
ホールを歩いている時、用心深くあたりを見渡すが、青い瞳を発見することができない。
そんなとき「メイ、アイ」と黒いタイトのミニスカートを履いたスタッフに声をかけられた。
この数日、ここを訪れているが、俺がチェックした限りでは唯一の女性スタッフだ。
「今夜、泊まれるかな?」俺はとっさに聞いた。
「それって、私を誘ってるの?」大きな鼻が印象的な彼女は笑いながら「ジョークよ」と続けた。
よく言えば、厚めの唇がアンジェリーナ・ジョリーに似ている。
タイ人特有の舌足らずで鼻にかかった発音の英語だった。
予約状況を確認したアンジェリーナ似の女は、いまのところ満室だという。
ただ今夜の宿泊代を納めてない部屋が1つだけある。
今夜もまた泊まっていくなら12時のチェックアウト前には宿代を支払いにくるし、泊まらないとしても外は暑いからエアコンの効いた部屋に12時ギリギリまでいるだろう。
「いずれにしても12時にはわかるから、そのころまた戻ってきて」と言って、俺に目配せをした。
ニコールの時と違って、それはまったく俺の心に響かないウインクだった。
続く
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