ヒツジ飼いの冒険
第9話 社会
ヒツジって、いったいどこで買うんだろう。
スーパーマーケットでパックに入った食肉のヒツジや、デパートで敷物となったヒツジ革は見たことがあっても、生きているヒツジを売っているところはいまだ見たことがない。
果たして動物園や牧場へ行けば、ヒツジを売ってもらえるのだろうか。
頭を抱えながらレオナルドは旅に出た。
去ることとなった会社からは、叱咤も批判も、また激励もされなかった。
つまり会社にとってレオナルドは交換可能な歯車のひとつ。
代わりの者はいくらでもいた。
会社にとって不幸なのは、そう判断していることだった。
レオナルドだけではなく、すべての者に代わりはいない。
単に人材を使いきれていなかっただけだ。
レオナルドとって幸福なことは、そうした先見性のない会社といとも簡単に関係が切れたことだった。
会社とは関係は切れた。
旅に出た。
そこでどんなに自由を得ようとも、社会とは縁が切れない。
なにかと接する限り、必ず社会との繋がりが見える。
それは大自然の中にいようと。
あの「本」にはそう書いてあった。
いや、書いてあるように思えた。
それを確かめるべく、いろいろと関係を断ち切ってきた。
心残りだが、リンダとも。
旅に出たレオナルドが以前から持っているのは、いま着ている服と、その服のポケットに入ったいくらかの金貨。そして「本」だけだった。
それ以外は、頭の中にあるものだけだ。
これから手に入れなければならないのは、とりあえずヒツジ。
その前に歯ブラシかもしれないが、まずはヒツジを思い浮かべた
ヒツジを連れ歩くということは、リンダとの唯一の繋がりのように思えた。
ヒツジがいれば、寝るときは羊毛に包まれて心地よく過ごせるだろう。
ここにレオナルドとヒツジの関係が新たに生まれる。
暑い国へ行ったらヒツジの毛を刈る。そうすれば、ヒツジもレオナルドも涼しく過ごせる。
毛を刈るのは、気候の暑い国へ行く直前がいいだろう。
暑い国ではヒツジの毛は高く売れないだろうが、寒い国ならいい取引できるだろう。
それがレオナルドと社会のひとつの繋がり。
暑い国へ行く直前、まだ寒い国で丸裸にされたヒツジは凍えるような1日を過ごすことになる。そのときはこれまでヒツジがしてくれたように、レオナルドがヒツジを温めてやろう。
ヒツジとレオナルドの関係はそれにより、なおさら深まるだろう。
そんなことを考えながら、レオナルドはヒッチハイクした貨物船の船底で揺られ、旅の初夜を過ごしていた。
いま聞こえてくる船底を叩く波の音より、船を前へと進ませるスクリュー音より、この巨艦を震わす低く鈍いエンジン音より、出発を歓迎してくれたカモメの鳴き声がずっと心地よく耳に残っていた。
ヒツジ飼いの冒険(第10話)へ続く
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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。