キング アーサーのここだけの話
罪深き男、野上真一
野上真一とはじめて言葉を交わした。
ここ数日間、俺が追いかけまわしている女、ニコールのそばにいる男としての存在から<シンさん>へと変わった瞬間だった。
俺はシンさんの言ったスペルを手のひらに書いた。
「S・H・I・NじゃなくてS・I・N・・・<SIN>って、罪って意味じゃん」
「そうや。僕は罪深い男やから、S・I・Nのシンなんや」
「それって本名?」
「罪なんて名付ける親がおるか!」シンさんは床に座ったまま、笑いながら言った。
「悪魔って名前で出生届を出した親がいるって、つい最近テレビで話題になってたじゃん」
「それ日本でか?」と、急に真顔に戻って聞いてきた。
「そう」
「ずっと日本におらんから、そんな話は知らんよ。ちょっと離れてる間に、おかしな国になってるなあ」
「罪って名乗ってるおかしな日本人は国外にいるけどね・・・」このひと言で、俺はシンさんに接近を謀った。「それで、本名はなんて言うの?」
「野上真一や」
「それじゃあ、やっぱS・H・I・Nじゃん。しかもその後にもI・C・・・ってずっと続くんじゃん」
「S・H・I・N・I・C・H・Iなんて書いたら、シニチって読まれるやろ」
「そうか、それもそうだね」
「やろ」
「じゃあこれから、シンって呼んでいいの?」
「ああ、ええよ」と、屈託のない笑顔で返事が返ってきた。
数分前まで、プールの底が抜けてしまったような重量のある雨が勢いよく降っていたのに、いまは雲の切れ間から光が差している。
「ここに座ってなにしてたの?」いきなりニコールのことを聞くのも変な話だ。
俺は遠まわりをしながらも、間合いを詰めようとした。
「雨があがるのを待ってたんや」
「あがったよね」
「ああ。そいじゃ行こかな」
「どこへ?」
「島や。アーサーも一緒に行くか?」
その誘いで一瞬にして打ち解けた感はあったが、ニコールに最接近できるチャンスが到来したとは、とても思えなかった。
続く