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ヒツジ飼いの冒険
第10話 施錠

この先、旅を続けるにあたって、どれだけのお金があればいいのだろうか。

まったく想像つかないが、旅をしないとしても、生涯に使うお金なんて想像できない。

だからそんなことで不安になったりする必要はないと、余計な想像をするのをやめにした。

 

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まず必要なのは、次の陸地に着いたらヒツジを買う。

そのお金だけ持っていればいい。

もちろんヒツジ1頭がいくらするのか知らない。

いま持っている全財産で1頭しか買えないのか、1万頭買ってもお釣りがくるのか。想像もつかない。

これも余計な想像と思い、やめにした。

 

ただ、セーブできることはセーブしよう。

そう考えたレオナルドは、異国の地を踏むための海を渡る方法は船をヒッチハイクすることだと考えた。

船の中で働くことを交換条件とするなら、無料で乗せる価値はある。

船長はそう考えてくれるだろう。

レオナルドの浅はかな考えだった。

 

漁船は沖に出て、漁場へ着けばいきなり仕事となる。しかし仕事を終えれば、また出発した漁港へ戻ってくる。

だから漁船という選択はない。

異国へ行く船となると、タンカーか貨物船か旅客船。

 

タンカーは行きに水を、帰りには原油を運んでくると聞いたことがある。

異国の地には行くが、航行中に仕事はないだろう。

それでは交換条件がなりたたない。

 

貨物船は色んな港を巡るだろうが、積み降ろしの仕事はあっても、航行中に仕事があるとはやはり思えない。

 

航行中も仕事があるとすれば旅客船。

レオナルドは迷わず旅客船のヒッチハイクを試しみたが、「働き手はいくらでもいる」と、どの船でも軽くあしらわれた。

 

会社同様、働き手となる交換可能な歯車はいくらでも存在した。

会社と違ったのは、船では未経験者のレオナルドは歓迎されないこと。

つまりお荷物なのだ。

タダ乗りしたいといくらでもやってくる者たちとレオナルドはなんの変わりもなく、個を失った存在。

先見性のない会社と違って、旅客船の責任者は先見性があった。

 

「お荷物なら、お荷物に徹しよう」

レオナルドは荷物に紛れて船に乗り込むことを考えた。

乗った船は何日間、航行するかわからない。

ならば食品が詰まったコンテナに紛れ込むのがいい。

そう考えたレオナルドは、コンテナの積載場へと向かった。

しかし、コンテナの外観からは中が食品なのかは判断がつかなかった。

しかも最悪なことに、コンテナにはすべて頑丈にロックがされていた。

当然だ。送り主と貨物船は信頼関係で成り立っているが、それだからこそトラブルにならないよう施錠する。

コンテナの中身が盗まれた。

本当に盗まれたのかもしれないし、そう主張しているだけで実はなにも変わっていないかもしれない。

きちんと施錠してあれば、送り主も貨物船も、どちらも嘘をつけない。

万が一の可能性も断つことができるなら、それはお互いのためだ。

 

だが送り主の中には抜けている者がひとりくらいいてもおかしくない。

そう考えたレオナルドは、すべてのコンテナをくまなくチェックした。

鍵は付いていても、きちんとロックされていないかもしれない。

ひとつひとつの鍵を手で触れ、左右に振り、拳で叩いては施錠の甘さを確認した。

出航するまで仕事のないハーマンは、レオナルドの作業を遠い船長室から望遠鏡を使って眺めていた。

まるで新大陸を発見した時に、いきなり上陸するのではなく、しばらく島の様子をうかがうのと同じように、注意深く観察した。

 

すべてのコンテナを確認し終えたレオナルドは係留柱に腰掛け、コンテナが順序よく船に積載されるのを遠目に眺め、無力さを痛感していた。

ひとつとして鍵の付いていないコンテナはなかった。

施錠の甘いものもなかった。

山脈のように陸置きされていたすべてのコンテナはやがて貨物船へと収まり、レオナルドはただただ途方に暮れているだけしかできなかった。

 

「海の男は、完璧な仕事ができてこそ、生き続けられる」と言いながら、ひとりの老人が近寄ってきた。

「えっ、あなたは誰ですか」意表を突かれたレオナルドだが、格好からして船の関係者であることは察した。

金の装飾を施した黒いスーツを着た白髪の老人は「ハーマン・メルヴィル。キミが確認していたコンテナを積む、貨物船の船長じゃ」と答えた。

「ずっと見てたんですか」

「実にいい仕事っぷりだった。で、どうだった」

「鍵の開いてるコンテナは、ひとつもなかったですよ」

「そうか、そうか。ここまでに関わっている皆が完璧な仕事をしたか、皆が同じところを見落としたか、どっちかじゃな」

「ハーマン船長は、どっちだと思うんですか」レオナルドはつまらなそうに、相手の顔を見ずに聞いた。

「ワシは相手の目を見て、それで判断するだけじゃ」

「目を見れば、わかるっていうんですか」レオナルドは訝しがりながら、ハーマン船長の目を見つめた。

「わかるわけないじゃろ」

「わからないなら、判断できないじゃないですか」

「海の男は、先がわからなくても判断を迫られることがある。曖昧にはできないことがいくらだってあり、一瞬で決断を迫られる。そして、生きてこられたという結果だけが、いまこうして残っている」

「・・・・・」レオナルドはどう受け答えしていいものか思いつかず、口ごもった。

「ワシは運がいい。それだけかもしれん。でもそれなり考えているつもりじゃがな」と言って、ワハハと大きく笑った。

「オレは運が悪い・・・」と、そこで口を噤み、レオナルドは背を向けた。まさか密航しようとして、鍵の開いているコンテナを探してたなんて、船長を前にしてとても言えない。

夕刻のマヅメで小魚が港湾で捕食をはじめ、海面に水玉模様を描く。

それを狙ったカモメが海面ギリギリを飛び交い、狂喜乱舞する。

 

「さあ、そろそろ出航の時間じゃ、船に戻るぞ。クルーは5分前行動が鉄則。ワシより先にフライブリッジで待機じゃ」そう言って船長は、レオナルドの背中を押した。

 

ヒツジ飼いの冒険(第11話)へ続く

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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。

 

カヌーイストなんて呼ばれたことも、シーカヤッカーと呼ばれたこともあった。 伝説のアウトドア雑誌「OUTDOOR EQUIPMENT」の編集長だったこともあった。いくつもの雑誌編集長を経て、ライフスタイルマガジン「HUNT」を編集長として創刊したが、いまやすべて休刊中。 なのでしかたなくペテン師となり、人をそそのかす文章を売りながら旅を続けている。