ヒツジ飼いの冒険
第12話 惑星
3週間余りの船旅。
船長から任命された積荷の保安確認がレオナルドの仕事になった。
雨風の強い日には3時間おきに積荷を確認しに行くが、凪の日にも朝と夕に積荷のところへいった。
積荷の中には家畜もいたから、餌やりと健康管理も必要な業務だった。
家畜の送り主は必要となる分の餌も同時に送っていた。
業務を終えると船長室へ出向き、「異常なし」と報告をする。
報告を終えると解放されるのではなく、船長はレオナルドの目を見ていくつかの質問をした。
はじまりはよくても、質問はたいてい積荷の保安に関することから外れていくのが常だった。
なくなった。
そして船長は言葉を巧みに操り、船長からの質問ではなくレオナルドからの質問へともときどき立場を入れ替えた。
その展開はまるで禅問答のようでもあり、レオナルドの突拍子もない質問に、船長は実に抽象的に答えた。
船長はわざとそうしているのか、あまりに比喩を多用しているのでレオナルドは解釈に苦しみ、また質問を繰り返さなければ答えの筋道が一向に見えない。
そんなやりとりで、レオナルドはほとんどの時間を船長室で過ごした。
コンテナ船の名前はピアネータ。
航路を一定の周期でまわる。
晴天の日もあれば、荒天の日もある。
このクラスの船になれば巨大な低気圧に進路を譲ることもない。
「ここでは乗組は人でなく、自然そのもの。荷物は荷物でなく人」と船長は言った。
さすがに荷物が食事をするわけではなく、自然に喩えられた乗組員が積まれた食料を消費していくのだが、ピアネータ号に積まれた食料は限られていて無駄は出せない。
欲張って消費していけば、航海の途中で尽きてしまう。
荷物が多すぎても、船は沈んでしまう。
荷物が少なければ船の燃料消費は少ないが、だからといってこれだけの巨大コンテナ船を動かすには乗組員は減らせない。
航海をしているときのピアネータ号はまさに、ひとつの惑星のようだった。
乗組員は自然で、荷物は人。
船長の言葉をなんとなく理解できたころ、対岸が見えてきた。
つまりレオナルドの航海の終わりだ。
だがピアネータ号の航海の終わりではなく、ひとつの区間にすぎない。
小さなタグボートが大きなピアネータ号を曳航し、巨大な大陸へと引き寄せる。
「ハーマン船長。長い間お世話になりました」
船が着岸すると、レオナルドは船長に礼を言った。
「レオ、キミは船で自分のすべき仕事をしただけで、ワシは世話をしてないし、してもらったとも思っていない」
「こっちは給料までいただいたのに・・・。でもハーマン船長なら、そう言うだろうと、なんとなく思ってました」
「すっかりワシの考えることをわかるようになったな」
「まだまだ、わからないことだらけです」
「すべてのことがわかったなら、想像するという人にとって一番大事なことを失う」
「でもハーマン船長はなぜ、オレが大陸に着いたらヒツジを必要としていくことがわかったんですか」
「給料をお金で払えないから、代わりに積荷のヒツジを与えただけだ」
「でもそれじゃあ、ヒツジの送り主が困るのでは」
「ワシは、船の上では荷物が人と言ったろう。人はときとして常軌を逸した行動に出る。逃げ出す者もいれば、動かずにじっとしている者もいる。しかしすべての生き物には必ず寿命がある」
「じゃあ、送り主には逃げたり、死んだりしたって伝えるんですか」
「心配せんでもいい。ヒツジの送り主はワシじゃ。ヒツジだけじゃなく、家畜のほとんどはワシが送り主じゃ」
「なんで家畜を送るんですか」
「最後の最後に困ったときには、食料になるやもしれん」
「でもその分、家畜の餌となるコンテナを積まなきゃならない。家畜と餌のコンテナがなければ、もっとたくさんの積荷を積むことができたんじゃ・・・」
これはバランスなどではない。家畜を積むということは疑問でしかなかった。
ヒツジ飼いの冒険(第13話)へ続く
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