LIFE,  TRIP

キング アーサーのここだけの話
どこへでも自由に行ける

俺は「上蓋なしのイケテナイ姿で、バックパックを数日持ち歩くだけだ」と自分に言い聞かせ、待たせるのも悪いと思い、シンさんの元へと駆け寄った。

「なんや、おっちゃん背負って旅してるんか。そのバックパック、ヅラかぶり忘れたおっちゃんみたいやで」とシンさんは腹を抱えて笑った。

汚れてくたびれたバックパックは確かにおっちゃんに見えなくもないし、上蓋がないのもカツラをかぶり忘れた感じそのものだった。

 

「昼間、レセプションに預けてたのに盗まれた」

「ほな、もう売りに出てるな」

「売れるようなもんじゃないよ」

「あほう、バンコクやったらなんでも売れるし、なんでも買うことができる。ホンマ買い戻したいか?」

「自分のをお金出して買うの?」

「そうや」

「いくらで?」

「そんなん知らんよ。まあ、奴らがそれにいくらの価値を見出したかってことやな」

「お金を払ってまで取り戻したくはないけど、いくらの価値になったかは知りたい」

「ほな、確かめに行こか」

「どこに売ってるか知ってるの?」

「まあ、ナコーン・カーセムやろな」

「ナコーン・カーセムって?」

「盗品を売ってる市場や」

「近いの?」

「歩くには遠いけど、トゥクならすぐやな」と言い、路上で待機していたトゥクトゥクのドライバーと行き先変更の交渉をはじめた。

 

どのルートをまわってもええし、何ヶ所立ち寄ってもええから、ナコーン・カーセムにも連れてってくれ。

そのあとはプラトゥナーム市場、最後には長距離バスの乗り場まで、全部無料で連れて行っててや。

そんな無茶なリクエストを英語で伝えていた。

 

風体はみすぼらしく、衛生的とはかけ離れたドライバー。

教養のなさそうな人相から、英語を理解できているとはとても思えない。

しかし彼は「エニィプレイス!」と雄叫びを上げ、どこへでも自由に行けると興奮した。

 

続く

次回の話/バブル景気真っ只中

前回の話/もろくも欠けた冷静

キング・カズと生年月日が一緒の1967年2月26日生まれ。外人は<アサタロー>と発音しにくいらしいので、海外では<アーサー>と名乗っていたら、親しい外人仲間が<キング・アーサー>とニックネームをつけてくれた。「アサタロウ」と日本で名乗ると「アソウ・タロウ?」と聞き間違いされることが多々ある。彼が幹事長のときは俺に<カンジチョー>のあだ名がつき、総理大臣になると<ソーリ>と呼ばれるようになったが、彼の総理大臣辞任後も俺の格下げはなく、いまでも<ソーリ>のあだ名は定着している。本業はコーディネーター。