LIFE,  TRIP

キング アーサーのここだけの話
見合わない労働対価

俺のバックパックの上蓋が5円で売られているのはショックだった。

本当の持ち主が目の前にいても、店員は平然と値をつけた。

 

盗みであっても労力には変わらない。

もしかしたら普通の労働より、もっと別の神経を使うかもしれない。

その最低限の賃金が5円ということだったのだろうか。

 

「プリーズ10%ディスカウント」と、シンさんは間を空けずに言った。

「OK」店員はバツが悪そうに応えた。

 

1バーツは100サタン。

1バーツから10%のディスカウントなので、90サタンでの取引という交渉に成功した。

しかしシンさんは交渉の手を緩めず「モア・ディスカウント・プリーズ」と言って店員の目を覗き込んだ。

「OK。50サタン」店員はいきなり50%ディスカウントの数字を伝えてきた。

「モア・ディスカウント・プリーズ」

「OK。25サタン」

「モア・ディスカウント・プリーズ」

 

少しばかりの沈黙の時間が流れた。

「OK。OK。OK。イッツ・フリー」店員は目を背けたまま、投げやりに言った。

 

「サンクス・ア・ロット! コップ・クン・クラップ」シンさんは感謝の言葉を異言語で重ね、店員の前で合掌した。

労働対価には見合わないだろうが、交渉によって成立した取引なので、店員の最低限のプライドは保たれたということなのだろうか。

その辺の気持ちを俺はいまだに理解できないでいるが、シンさんがタフ・ネゴシエーターだということを十分に納得した瞬間だった。

 

続く

次回の話/風が心地いいトゥクトゥク

前回の話/ちょうどいいサイズ感

キング・カズと生年月日が一緒の1967年2月26日生まれ。外人は<アサタロー>と発音しにくいらしいので、海外では<アーサー>と名乗っていたら、親しい外人仲間が<キング・アーサー>とニックネームをつけてくれた。「アサタロウ」と日本で名乗ると「アソウ・タロウ?」と聞き間違いされることが多々ある。彼が幹事長のときは俺に<カンジチョー>のあだ名がつき、総理大臣になると<ソーリ>と呼ばれるようになったが、彼の総理大臣辞任後も俺の格下げはなく、いまでも<ソーリ>のあだ名は定着している。本業はコーディネーター。