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ヒツジ飼いの冒険
第14話 認定

船を降りるときに、空から降ってくるほんのわずかな水滴を感じていた。

別れの寂しさを隠してくれる、これが本当の涙雨か。

レオナルドはそう思いながら船を後にした。

 

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ヒツジの群れを引き連れ、船から遠く離れたころに、港は土砂降りの雨となった。

本降りの雨の一歩先を行くレオナルドは、しつこくついてくる涙雨にうんざりし、別れの余韻に浸るどころではなかった。

しかしたっぷりと油分を含んだ羊毛を蓄えたヒツジの群れは雨を感じることもなくのんきで、隊列を乱して思い思いの方向を目指した。

 

ヒツジたちにまだリーダーと認識されていないレオナルドは、勝手に群れから離れていくヒツジを追いまわし、連れもどせども離れていくヒツジたちに四苦八苦した。

 

やがてレオナルドとヒツジの群れは、視界に映るものすべてを真っ白にするほどの雨に追いつかれた。

レオナルドひとりだけだったら、ちょっとした建物の軒で雨宿りできたかもしれないが、このヒツジの群れを全部守ってくれるような大屋根は見当たらない。

仮に見つかったところで、そこへヒツジを連れて行き、いつ過ぎて行くともわからぬ雨雲の様子を伺っているのも迷惑だろう。

 

考えてみれば、雨だけではない。

今夜、泊まる場所だって、このヒツジの群れを引き連れていては、街中に見つかるはずもない。

レオナルドは、いま大変お荷物となっているヒツジたちを、少しでも早く街から遠ざけようと必死になった。

 

どっちの方向へ進めば街から離れられることができるのか想像もつかない。

誰かに尋ねようにも、この雨では人が外へ出てこない。

いまできることといったら港に背を向け、とにかく進路を変えず一直線に進むことだけだった。

大通りを行けば、次の街へと向かう。

街と街のあいだには、ヒツジの群れが一緒にいてもじゃまにならない田園地帯が広がっているかもしれない。

しかし大通りなだけに、いつこの繁華街が途切れるかは予想もできない。

どこまでも続く商店の並びが、となり街まで終わることがないかもしれない。

そう考えたレオナルドは横道に逸れ、寂れた方へ、寂れた方へと進んだ。

正確には、ヒツジたちを寂れた方へと追いやったのだ。

 

街並みはやがて商店街から住宅街へ、住宅街から点々とした民家へ、民家から大きな垣根を持つ農村へ、農村から管理されていない草木の生い茂る丘陵へと風景を変えていった。

 

人家が見えなくなったころ、すぐにでも休憩を取りたかったが、レオナルドはさらに道路から直角に外れ(*)、野営地を探すことにした。

(*JMTいわゆるジョン・ミューア・トレイルなど、先進的なトレイルではすべての後陣に配慮し、野営する場合にはコースから一定の距離を離し、人から見えないところで夜を過ごすというルールがある。すべての自然界においては、自らがさらなる厳格的なルールを先んじて行わなければ、最低限の自然は保たれない。)

 

よく降った雨のおかげで、丘陵地にはいくつもの水たまりや水路が生まれ、寝泊まりしては危険な箇所をマーキングしてくれているようだった。

なだらかな起伏をひとつふたつ越え、道からもヒツジたちの気配が感じられないところにレオナルドは腰を降ろした。

そこはヒツジたちの食料ともなる牧草が一生分あるのではないかと思えるほどの土地。

ヒツジたちはこの世の天国へと導いたレオナルドを、この瞬間にリーダーと認定した。

 

先ほどまで自由気ままに散らばっていたヒツジたちは、ある程度の距離感を保ちながらもそれほど広がらず、無心に草を食んでいた。

 

ヒツジ飼いの冒険(第15話)へ続く

ヒツジ飼いの冒険(第1話)から読む

 

*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。

 

カヌーイストなんて呼ばれたことも、シーカヤッカーと呼ばれたこともあった。 伝説のアウトドア雑誌「OUTDOOR EQUIPMENT」の編集長だったこともあった。いくつもの雑誌編集長を経て、ライフスタイルマガジン「HUNT」を編集長として創刊したが、いまやすべて休刊中。 なのでしかたなくペテン師となり、人をそそのかす文章を売りながら旅を続けている。