キング アーサーのここだけの話
髪引かれる思いなんてあるのか
大陸に接岸し、このまま離ればなれになったら、いま目に前にいるナタリーすらも後ろ姿しか浮かんでこなくなるのだろうか。
そして、短い期間だったが大きな影響を受けたシンさんのことも、思い出せなくなるのだろうか。
俺は思わずデッキの船首側にいるシンさんの元に駆け寄った。
「陸、もうちょいやな」
俺が駆け寄ったというのに、近づいてきたことを察したシンさんが先に声をかけてくれた。
「う、うん。島からは大陸が見えなかったけど、意外に近いもんだね」
「近かいもんちゃう。フネが早いだけや」
「おんぼろフェリーだから、早かないよ」
「この距離やったら、スキンカヤックなら1日楽しめるで」
つまり、いまは楽しめていないということだろう。
船首に立ち、前方を見ながらも後ろ髪引かれる思いなんて感情が、シンさんにあるのだろうか。
かくいう俺は未来が見えず、しかし過去を振り返る余裕もなく、いま起きていることだけで一杯いっぱいになっていた。
続く
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