ヒツジ飼いの冒険
第3話 古本屋
毎週日曜日に新規投稿している「ヒツジ飼いの冒険」は書き下ろしです。
新規投稿をするのと同時に、前回の投稿をほんのちょっと手直しすることも多々あります。
ストーリー展開に関わるような大きな変更ではなく、読みやすくになった程度の変更。
とは言え新しい投稿を読む前に、前話を読み返すことをおすすめします。
第3話のはじまり
レオナルドは振り向きリンダに目を向けると、音が出そうなどの勢いで膝を落とした。
「三田くん、大丈夫?」
リンダは慌てて駆け寄り支えようとするが、触れる前にレオナルドは体制を立て直し、歩き出した。
レオナルドは腰を抜かしたふりをしただけだった。
腰を抜かすほど、リンダが輝いて見えた。
「大丈夫、大丈夫。それよりあっちへ行ってみよう」
レオナルドは先にある白い建物を指差し、リンダの一歩先をキープするようにあるいた。
リンダから照れを隠したレオナルドの表情は見えない。
どこか具合でも悪いのか、それとも今日は機嫌が悪いのか。
大丈夫と言っているレオナルドに、具合を聞き直すのも憚られ、リンダは黙ってついて行くことにした。
白い建物にはボートのりばと書かれた看板が、頭にぶつかりそうな高さで掲げられていた。
「これ、乗ろう」
レオナルドはリンダの返事を聞かず、券売機でチケットを購入し、ボートまで先を歩いた。
ボート乗り場の係員にチケットを渡すと、係員はボートを選び、二人を促した。
自分がボートへ先に乗り、リンダに手を差し伸べるべきか。
それともリンダを先に乗せ、シートに座るまで手を貸し続けるか。
いずれにしても手を握ることになる。
レオナルドは第3の選択肢となる自分が先に乗り、シートに座ってオールを握り、ボートの揺れが安定してからリンダに乗るよう呼びかけるという方法をとった。
レオナルドの声でリンダはボートに乗り込むと、静かに向かい合って座った。
ボートのバランスを取るよう、二人の心のバランスを取り、とにかく静かにしていた。
レオナルドは慣れない手つきでボートを漕ぎ出し岸を離れた。
池に浮いた無数のボートがまばらで、隣のボートの会話が聞こえそうもない距離になったとき、リンダはやっと口を開いた。
「このボートってさあ、カップルが乗ると別れるってウワサがあるんだよ」
リンダはオールの先を目で追い、レオナルドのことを見ることはなかった。
「だから、カップルになる前に乗ったんじゃん」
リンダがレオナルドのことを見ていないので、レオナルドはリンダを直視することができた。
「カップルになる前って、どういうこと」
「いまだよ。まさにいま。オレたちまだ付き合ってるわけじゃないじゃん」
「そうか。だったら乗っても別れるも何もないってことか」
リンダはやっとレオナルドを見た。
ほんのわずかな時間だけ目が合った。
だが、次はレオナルドが目を背け、ボートの軌跡が描く波紋の消える先、ずっと遠くを見た。
それ以上の会話がボートの上で交わされることはなかった。
「30分って、こんなもんかな。時計がないとわかんないな」
独り言とも、リンダに話しかけてるのとも取れる言い方。
レオナルドもレオナルドなりに、二人のバランスを取っていた。
ボートを岸に近づけるとレオナルドが先に降り、リンダに手を差し伸べた。
そこから先は、ずっと手を繋いでいた。
二人とも、心はそこになかった。
どうでもいい、いまここでしなくてもいい会話しか生まれてこなかった。
二人は確信を避けていた。
「三田くん、その本って何の本?」
一番言わなければいけない言葉を避けていたばかりに、一番聞かれたくない質問が飛んで来た。
ウソを言ったところでいつかはバレる。
「ここに来る前、駅前通りの古本屋で買ったから、まだ読んでないんだ」
レオナルドは正直に話した。
「ウソだあ。だって駅前通りに古本屋なんてないもん」
リンダは手を繋いだまま、レオナルドの目を覗き込んだ。
「ウソじゃないって。さっき本当に、駅前通りで買ったんだって。だから本に何が書いてあるかも知らないし・・・もしかしたら中は白紙の分厚いノートかもしれない」
「いっぱいウソがある。古本屋がないこともウソだし、まったく何が書いてあるか知らないなんていうのもウソ。参考書だとか、推理小説だとか、何かわからなきゃ買うはずないもん」
レオナルドは本当である理由を、リンダはウソだと思う根拠をお互いに並べ、早足で歩いた。
二人が進む方向は、お互いに確認せずとも決まっていた。
公園を出て駅前通りへと向かい、駅前通りが他の道へと突き当たり、道が終わるまで歩いた。
「ほら、なかったじゃん」
確かにリンダの言う通り、駅前通りに古本屋はなかった。
レオナルドが見た景色から、建物ごと消えていた。
ヒツジ飼いの冒険(第4話)へ続く
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*ヒツジ飼いの冒険は毎週日曜日12:00公開を予定しています。