キング アーサーのここだけの話
金子光晴って、誰?
とても普通のピックアップ・トラックが走れるとは思えない未舗装の丘を、左右に揺れながら登っていった。
かろうじて1台走れる程度は草木がないジャングルが続いている。
安全を担保したアミューズメントパークのアトラクションと違い、この乗り物には何の保証もない。
「だ、大丈夫かな」俺は震えながら、シンさんに声をかけた。
「ドライバーも死にたないから、細心の注意を払ってるもんやで、こういうのって」
言われてみれば、確かにそうだ。
だがまわりを気にかけていると、心配事ばかりが頭によぎる。
「そういえば、彼女とはペナンも一緒だったの?」俺はニコールの話の続きを聞くことにした。
「そうや。一緒にシンガポールから入ってジョホールバル、マラッカ、スレンバン、クアラルンプールって、少しずつ北上してきたんや」、続けて「金子光晴風に言えば、クアラルンプールはコーランプルか」と言い直した。
「金子光晴って、誰? 友だち?」
「会ったことはないけど、心の通じる友やな」
「心が通じてるのに、会ったこともない?」
「ああ、心が通じてるっていっても一方通行やけどな。僕が金子光晴の詩をはじめて読んだ頃には、もう亡くなっとるから、こっちの気持ちはまったく知らんねん」
「そういうの、友っていうの?」
俺は思わず吹き出してしまった。
続く
次回の話/ビーチに建つバンガロー小屋
前回の話/ペールグリーンの紙切れ
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