LIFE,  TRIP

キング アーサーのここだけの話
朽ちてしまいそうな木舟

バンガローの敷地には美しい白砂のビーチが横に広がり、前方はエメラルドグリーンの海に支配されていた。

「アーサー、カヌーに乗ろうや」シンさんは俺を遊びに連れ出した。

「これ、沈まない?」ビーチに置いてあったのは、朽ちてしまいそうな木舟だった。

 

「漕いだことあるか?」

「ない」

シンさんはカヌーをズリズリと押し出し、波打ち際に浮かべた。

「まあ、パドルもひとつしかないことだし、僕が漕ぐから乗ってるだけでええよ」そう言って、俺が先に乗るよう目で促した。

「グラグラして、まったく安定しないね」公園にあるような手漕ぎボートとは違って、揺れっぱなしだった。

「立ってるからや。座ればええねん」

 

カヌーに乗ったことのない俺は、手漕ぎボートのように後ろ向きに腰掛けた。

「ああホントだ。多少揺れなくなった」

「ちゃうよ」

「何が?」

「座る向きがちゃうって。カヌーは前向きな乗りもんや。だからカヌー乗りは過去を振り返らんのやて」

「それって、ギャグ?」

「ホンマやて。心技ともにポジティブな乗りもんや」

俺はまた立ち上がり、グラグラしながら座る向きを変えた。

前向きに座ると視界には行く先が広がりを見せ、選択肢は無限にあるように思え、本当にポジティブな気持ちになる。

 

シンさんはカヌーを強く押し出し、勢いをつけて飛び乗った。

 

続く

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最初の話/はじまりのはじまり

キング・カズと生年月日が一緒の1967年2月26日生まれ。外人は<アサタロー>と発音しにくいらしいので、海外では<アーサー>と名乗っていたら、親しい外人仲間が<キング・アーサー>とニックネームをつけてくれた。「アサタロウ」と日本で名乗ると「アソウ・タロウ?」と聞き間違いされることが多々ある。彼が幹事長のときは俺に<カンジチョー>のあだ名がつき、総理大臣になると<ソーリ>と呼ばれるようになったが、彼の総理大臣辞任後も俺の格下げはなく、いまでも<ソーリ>のあだ名は定着している。本業はコーディネーター。