キング アーサーのここだけの話
ユダヤ系の女
人口がわずかなこの島で、きっと最も栄えているだろう港の集落。
郵便局のほか、客はいないのに席数はやたらとあるバーバーショップ、燃料と水のボトルと売るスタンド、食品や生活用品を販売するグロッサリーストア、雑貨などを扱うジェネラルストア、小さいながらも一揃えのラインアップはありそうだった。
どの店にも用はないが、一番興味があったのはグロッサリーストアだ。
船から降りた客はほとんどタクシー乗り場を目指したが、俺たちのすぐ先を歩いていたユダヤ系の女性が偶然にもタクシーをスルーし、このグロッサリーストアに入ったのを見逃さなかった。
船に乗る前のスラーターニーの桟橋にいた時から、ずっとひとりでいる浅黒く日焼けした彼女のことをチェックしていたが、まさか同じ島に偶然降りることになろうとは。
だが偶然が重なったからといってどうになるわけでもない。
偶然は偶然にすぎないのだ。
そこでストーカー癖のある俺は、あくまでも癖として、そして暇つぶしにグロッサリーストアへ入っていった。
木造建の店は品数も少なく、なにより思いのほか狭かった。
だから彼女を遠巻きに見ようにも、あまりに距離がなさすぎる。
さらに不運なことに、彼女は店員と何やら会話を交わすとすぐに出ていってしまったのだ。
ここで追うように店を後にすると不審に見えるだろう。
俺は在庫を数える棚卸しのバイトでもするかのごとく、数少ない商品を入念に見つめ、不審がられない時間が経つのを待った。
つくづく女縁がないのだなと、俺は天を呪った。
続く
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