キング アーサーのここだけの話
朽ちてしまいそうな木舟
バンガローの敷地には美しい白砂のビーチが横に広がり、前方はエメラルドグリーンの海に支配されていた。
「アーサー、カヌーに乗ろうや」シンさんは俺を遊びに連れ出した。
「これ、沈まない?」ビーチに置いてあったのは、朽ちてしまいそうな木舟だった。
「漕いだことあるか?」
「ない」
シンさんはカヌーをズリズリと押し出し、波打ち際に浮かべた。
「まあ、パドルもひとつしかないことだし、僕が漕ぐから乗ってるだけでええよ」そう言って、俺が先に乗るよう目で促した。
「グラグラして、まったく安定しないね」公園にあるような手漕ぎボートとは違って、揺れっぱなしだった。
「立ってるからや。座ればええねん」
カヌーに乗ったことのない俺は、手漕ぎボートのように後ろ向きに腰掛けた。
「ああホントだ。多少揺れなくなった」
「ちゃうよ」
「何が?」
「座る向きがちゃうって。カヌーは前向きな乗りもんや。だからカヌー乗りは過去を振り返らんのやて」
「それって、ギャグ?」
「ホンマやて。心技ともにポジティブな乗りもんや」
俺はまた立ち上がり、グラグラしながら座る向きを変えた。
前向きに座ると視界には行く先が広がりを見せ、選択肢は無限にあるように思え、本当にポジティブな気持ちになる。
シンさんはカヌーを強く押し出し、勢いをつけて飛び乗った。
続く
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