キング アーサーのここだけの話
自由って、何だろう
じっとしていると、どこからか聞こえてくる羽音。
それは現実なのか、幻聴なのか。
ジャングルで襲われた蚊の群れによるものなのか、一昨日の晩に飲んだスピードポンチの後遺症によるものなのか。
「もう無理だ」と言って飛び出して行ったのはシンさんだった。
「ちょっと漕いでくる」とバンガローの床下に置いてあるスキンカヤックを海へと引きずり出した。
「いくら何でも暗すぎる」ナタリーは必死で止めた。
「昨日の夜は、もっと暗い時間でも漕いでいた」シンさんは説得に応じない。
「漕ぎはじめが暗すぎる」
「はじめる時間は関係ない」
接点を見出せない二人の言い争いが続く。
「何が不満なの」雫をいっぱいに貯めたナタリーの大きな目は、いまにも決壊しそうだ。
「自分の漕ぎたいときに、自由に漕げないことが不満だ」
本当は蚊の羽音のような耳鳴りを払拭したいがために、海に漕ぎ出してくるといったシンさんだが、話が自由へとすっかりすり替わっている。
「自由って、何よ!」声を張り上げるナタリー。
それに答えることなく、シンさんは漆黒の海へと漕ぎ出していった。
続く
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